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東京地方裁判所 平成5年(レ)72号 判決

控訴人

大貫恵美子

右訴訟代理人弁護士

大山美智子

被控訴人

ジェイコブ・エム・ディデック

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、九万四五三〇円及びこれに対する平成四年六月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人の英語教師派遣の仕事の準備作業についてパートタイマーとして働いた賃金及び諸経費合計九万四五三〇円の支払いを求めた事案であり、原判決が控訴人の請求を棄却したのに対して、控訴人がこれを全部不服として控訴したものである。なお、控訴人は、当審において、予備的に不法行為を理由として同額の支払いを求めている。

一  争いのない事実等

1  控訴人は、平成四年四月二四日頃、被控訴人との間で、英語教師派遣業を共同で経営することを合意した(原・当審控訴人本人尋問の結果)。

2  控訴人は、被控訴人の指示に基づき、英語教師派遣業の準備作業につき、同月二七日から同年五月九日までの間(以下、「本件作業期間」という。)、従事した。

3  その間の同年四月二九日、控訴人は、被控訴人に対し、賃金の支払いを求める旨の申出をした。

4  被控訴人は、同年五月一〇日、控訴人に対し、指輪を交付したが、控訴人は、後日、これを郵送して返却した。

5  控訴人は、被控訴人に対し、賃金及び諸経費の支払いを請求したが、その支払いを得られなかったため、同月一五日付書面をもって、本件作業期間の賃金として八万円、交通費、電話代及びファックス代として合計一万四三五〇円の支払いを求めた。

二  主たる争点

被控訴人が控訴人に対して賃金として八万円を支払う合意が成立したか。その際、交通費、電話代及びファックス代についても支払う合意が成立したか。

三  当事者の主張

1  控訴人

(一) 控訴人は、平成四年四月二九日、被控訴人に対し、共同経営ではなく、パートないしアルバイトとして賃金を支払って貰いたいと申し出たところ、被控訴人は、これを承諾し、同年五月九日、控訴人に対し、賃金として最低八万円を翌一〇日に支払い、諸経費は明細書を出した場合には支払うことを認めた。

(二) 控訴人は、右一〇日に被控訴人から賃金は八万円にするといわれたので、不満があったが、これを承諾し、その支払いを受けようとしたところ、被控訴人は、現金が入っていると見せかけて指輪だけを入れた封筒を出すのと引き換えに、控訴人から作業成果の全部を取り上げてしまった。控訴人は、支払いの担保として指輪を受領したにすぎない。

(三) 控訴人は、本件作業期間中に必要とした交通費、電話代及びファックス代として合計一万四三五〇円を支出した。

(四) 仮に、(一)の合意が認められないとすれば、被控訴人は、平成四年四月二二日、控訴人に対し、「英語教師派遣の仕事と英語の教材販売の仕事をしており、いずれもどんどん利益が出ていて、一人では大変だから共同経営者として手伝ってほしい。」と誘い、いまだ海のものとも山のものともつかない全く未知の業務であり、利益分配に与れるか否か極めて不確実であることを秘匿して、控訴人をして共同経営者として働けば多くの利益があると信じさせて一〇日間以上も働かせたものである。控訴人が通常に働けば最低でも一日一万四〇〇〇円位の収入になり、したがって、控訴人は、右不法行為により、右同額の、少なくとも賃金相当損害金八万円及び実費相当損害金一万四五三〇円の損害を受けた。

(五) よって、控訴人は、被控訴人に対し、主位的に賃金諸経費支払合意により、予備的に不法行為により、九万四五三〇円及びこれに対する遅滞後の平成四年六月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被控訴人

(一) 被控訴人は、控訴人を英語教師派遣の仕事のパートナーとして、利益が出たら配分するという合意をした。

(二) ところが、控訴人は、その後、給料を欲しいと言い出したが、被控訴人は、控訴人には共同経営者として働いて貰うつもりであったので、この要請を拒否した。

(三) 被控訴人は、控訴人に対し、本件作業期間中の謝礼として、指輪を交付した。

第三争点に対する判断

一  証拠(〈証拠略〉)及び前記争いのない事実等を総合すれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、平成四年四月二四日、被控訴人から、英語教師派遣の仕事と英語の教材販売の仕事をしているが、一人では大変だからパートナーとして手伝って欲しい、利益が上がれば分配すると依頼され、これを承諾した。

2  控訴人は、同月二七日、被控訴人から、英語教材カードの日本語チェック等の作業を指示され、自宅でこの業務を行ない、翌二八日、被控訴人に対し、作業成果を報告したが、事務所が六畳一間であること、自己の仕事内容が一方的に指示されるだけでパートナーとして考えていたものと違っていたことから、この企画にパートナーとして参加して働く気持ちを失った。

3  そこで、控訴人は、同月二九日、被控訴人に対し、以後は、アルバイトか、パートタイマーにしてほしいと申し入れたが、その場では被控訴人の同意を得られなかった。

4  控訴人は、同月三〇日、アルバイトとして働くことの同意の有無の回答を求めたところ、被控訴人は、君のパフォーマンスをみて、給与の額を一週間後に決める旨を答えた。そこで、控訴人は、被控訴人の指示により、引き続き連日五時間ないし七時間をかけて、広告原稿の作成や、他の英会話学校のシステム等の調査をした。

5  控訴人は、同年五月八日、被控訴人に対し、アルバイトとしての勤務条件を問い合わせたところ、明日回答するとの態度であったため、翌九日、被控訴人に条件呈示を求めたが、「君の今後の仕事の考え方を聞かせてもらってからだ。」と返事があったにすぎなかった。そこで、控訴人は、もはや被控訴人と仕事を共にする気持ちを失い、仕事を辞めるので、これまでの給料を決定してほしい旨求め、被控訴人から明日その額を決めて支払う旨の返答を得た。

6  同月一〇日、控訴人は、被控訴人から電話で八万円の給料と諸経費を支払う旨の約束を得たので、これまでの作業の結果を持って、出向いたところ、被控訴人は、右作業結果と引き換えに、指輪の入った封筒を手渡して「気持ちとして受け取って欲しい。後で満足するようにする。」と述べた。

7  控訴人は、その後も、被控訴人に対し、八万円と諸経費の支払いを請求したが、一向に埓があかず、指輪の評価を業者に当たって調べたところ、高くとも三万円であると知らされた。

8  控訴人は、同月一五日ころ、被控訴人に対し、書面で、賃金八万円及び諸経費として一万四五三〇円(電話代四一三〇円、ファクシミリ代二八〇〇円、交通費七六〇〇円)の合計九万四五三〇円を支払うことを請求した。

被控訴人は、原審及び当審の本人尋問において、平成四年四月三〇日に控訴人に対してアルバイト代を後日決定して支払うことを承諾したことも、同年五月一〇日に賃金八万円及び諸経費の支払を約束したこともないと供述するが、既にパートナーとして働く意思を失った控訴人がアルバイト代の支払いを保障されないまま勤務を続けたものとは考えられず、また、賃金を支払うことが決まらない段階で、控訴人が作業結果を持参して被控訴人に会いに出向くことも考えられないことからしても、右供述は採用できない。

二  右事実によれば、控訴人と被控訴人は、英語教師派遣業等の経営をパートナーとして行なう話し合いで、その準備作業に取り掛かったが、控訴人が、その内容を知り、パートナーとして働く意思を失い、平成四年四月二九日、被控訴人に対し、アルバイトとしての雇用契約に基づく賃金の支払いを求めたところ、翌三〇日、被控訴人がこれに同意したので、引き続き被控訴人の指示に基づき作業を続け、同年五月一〇日、被控訴人が賃金八万円及び諸経費実費を支払うことを約束したものということができる。そして、右諸経費として、合計一万四五三〇円(電話代四一三〇円、ファクシミリ代二八〇〇円、交通費七六〇〇円)を出費し、これが相当なものであったことが認められる(当審控訴人本人尋問の結果)。

以上によれば、被控訴人は控訴人に対し、賃金として八万円、諸経費として一万四五三〇円の合計九万四五三〇円及びこれに対する遅滞後の平成四年六月二九日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

三  よって、予備的請求を判断するまでもなく、控訴人の主位的請求に理由があり、これと異なる原判決は相当でないからこれを取り消すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 坂本宗一 裁判官 佐々木直人)

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